14th archiforum in OSAKA 2012-2013

「新しい建築のことば」

 
テーマ:「建築の知性」 
ゲスト:森田一弥(建築家)
コーディネーター:金野千恵(建築家)

作品名:Concrete-pod
所在地:----
竣工年:2005年
撮影:杉岡一郎

 
第1回「建築の知性」レビュー 執筆者:魚谷繁礼(建築家)

はじめに金野さんより、特別な人間の知性ではなく、一般にひらかれた建築の知性ということについて考えてみたい、そのような知性を土壁ツアー(塚本由晴・森田一弥著『京都土壁案内』2012年学芸出版)に際しての森田さんの解説に垣間見た、と主旨説明があり、金野さん森田さんの順でのプレゼン、ディスカッション、会場からの質疑応答と続いた。

□ロッジア/形式にみる建築の知性 
金野さんからはETHでの課題や修士論文、及び博士論文での取り組みを通して、ロッジアという建築の形式についての魅力が伝えられた。柱廊と半屋外であることにより特徴づけられるロッジアは、市民によって様々な使われ方をしている。建設された当初は公式なセレモニーに使われていたが、現在はコンサートやギャラリー、市場などといった市民生活に供されている。時間を経ても空間は変わらないが、使われ方は変化している。そのようなロッジアは都市の顔となっている。というあたりにロッジアの魅力を感じる。
『向陽ロッジアハウス』はそれまでの取り組みでえた知見を活かして計画、実現された住宅である。一見、見たこともないような外観をしているが、なるほどその外観は庭と住宅を緩衝するまさに「ロッジア」のあらわれである。ところで、ロッジアのような建築の屋外空間または半屋外空間の形式として、ポーティコ、ピロティ、ペリスタイル、ポーチ、ベランダ、バルコニー或いは縁側などが挙げられる。プレゼンで紹介されたロッジアの多くは列柱によって特徴づけられていたように思う。一方の『向陽ロッジアハウス』はファサードの面をくり抜いて出来た大きな開口により庭と接続している。そこには腰壁もある。果たして『向陽ロッジアハウス』の「ロッジア」はロッジアであろうか?それともバルコニーなのだろうか?いや、ここでロッジアの定義や、『向陽ロッジアハウス』の「ロッジア」がロッジアであるかどうかは重要ではないようだ。『向陽ロッジアハウス』の「ロッジア」は、ロッジアやそれに類する建築の形式を収集し分析し、えられた知見を活かしつつも、歴史や伝統に囚われることなく、現代のその敷地と施主の期待に応えるべくつくりあげられたまさしく「ロッジア」なのである。
しかし僕は、上述のように、ロッジアによって或いは時代によって市民が様々な使い方をしている、そしてロッジアが都市の顔となっている、ということにロッジアの魅力を感じてしまう。『向陽ロッジアハウス』の「ロッジア」は居住者とその知人友人らにより使われ、都市ではなく個人的な庭に開かれている。だから、金野さんが今後より都市にひらかれたロッジア建築を設計されるとしたら、それがどのようなものなのか、どうしてもたのしみに感じざるをえない。或いは『向陽ロッジアハウス』も時間を経て、今後より都市にひらかれた使われ方をされるようになり、都市の顔となっていくのかもしれない。

□遺伝子/工法にみる建築の知性
森田さんからは遺伝子をキーワードに、生物的遺伝を参照としつつ建築的遺伝という事態の紹介と、遺伝を切り口にした自身の活動や設計した建築の解説がなされた。そして、インターナショナル・マイノリティと遺伝子工学的建築設計というタームが示された。
 森田さんは、生物における遺伝のような事態が建築でも当て嵌まるのではないか、環境や気候が変われば求められる遺伝子も異なってくるし、逆に異なる起源でも同様の環境にいれば似通ってくる、同じ遺伝子でも環境にあわせて異なる育ち方をする、例えばある建築的遺伝子を異なる建築的遺伝子に組み込むことを考えている、という。そのときに、そのある要素を選択する基準や根拠はどこにあるのであろうか?話しを聞くかぎり森田さんからはそのような基準や根拠がうかがえない。『Pentagonal-house』においては、何故に突然、西洋の教会のリヴ・ヴォールトが持ち込まれたのだろうか?いやしかし、そんな根拠は必要ないのかもしれない。おそらくは遺伝子の交配と同様、掛け合わせてどのような反応がおこるかなどやってみないと分からないのだから。まさに実験である。そしてそのような態度が森田さんの強さのように感じる。それはもちろん無責任なのではない。施主や社会の要求には別のところで応えればいい。そしてさらに森田さんは選択に際しての嗅覚が非常に鋭いのだと思う。大学院修了後、施工を識るためとはいえ、数多くの職種のなかで左官を選択したのは何故だろう?それはもしかしたら当時は和や京都を志向していたり、或いは文化財級の建築をみる機会をえるためだったりするのかもしれない。しかし今や日本の左官が、あたかも必然だったように壮大にスペインのレンガ・ヴォールトとつながっている。何故リヴ・ヴォールトなのか、今現在説明のつかないような曖昧な選択も数年後には明快な位置付けがなされていることだろう。そしてそんな説明や位置付けよりも、遺伝子的交配の実験成果こそが寧ろたのしみなのである。

□建築の知性
金野さん森田さんが考える建築の知性に共通していたのは、同様の事象があちこちでおこっているということである。その対象が金野さんにとってはロッジアのような建築の形式であり、森田さんにとってはレンガ・ヴォールトのような建築の工法である。さらに両者に共通しているのは、そのような対象を伝統や地域性などに囚われずフラットにみている姿勢である。ロッジアは様式ではなく形式であり、レンガ・ヴォールトは土着の素材というよりは工法なのであろう。金野さんはロッジアという形式を参照しつつも自分のロッジアをつくりあげる。森田さんはあっちの工法とこっちの工法を採り出して掛け合わせる。そして金野さんの『オーストラリア・ハウス』はオーストラリアの高床式ベランダと新潟の高床式ベランダという2つの異なる場所で見出された似通った形式が重ねられたものである。オーストラリアと新潟は偶然である。この重ねあわせと平面五角形の建築に教会のリヴ・ヴォールトを持ち込むことは同様なことなのかもしれない。建築の知性とは豊穣な切欠であり、しかしその土壌に囚われることなく乗り越えた先の突発的な変異こそが求められる成果なのだろう。


 
執筆者プロフィール

魚谷繁礼(魚谷繁礼建築研究所)
建築家
/魚谷繁礼建築研究所代表
/1977年生まれ(兵庫県出身)
/2003年京都大学大学院修了



 

第3回:2013年1月26日(土)17時〜19時(開場16時30分)
テーマ:「建築の知性」 
ゲスト:森田一弥(建築家)
コーディネーター:金野千恵(建築家)



●ゲスト略歴
 1971年愛知県生まれ
 京都大学大学院修了後、五年間の左官職人修業を経て、2000年 森田一弥建築工房設立。
 ポーラ美術振興財団、文化庁の若手芸術家研修制度でバルセロナに滞在(2007-8、2011-12年)。
 現在 森田一弥建築設計事務所代表。

●主な著書、受賞等
 主な受賞歴にAR AWARD 2006 優秀賞、大阪建築コンクール 渡辺節賞など。
 著書に『京都土壁案内』(塚本由晴氏と共著、学芸出版社)など。