14th archiforum in OSAKA 2012-2013

「新しい建築のことば」

 
テーマ:「スタディの可能性」 
ゲスト:長谷川豪(建築家)
コーディネーター:香川貴範(建築家)

「森のピロティ」群馬県吾妻郡、2011年(撮影:長谷川豪建築設計事務所)

 
第1回「スタディの可能性」レビュー 執筆者:石川翔平

当日の様子はTwitterによる実況がありますので、ご参照ください。
トゥギャッターのまとめ。
レビュワーのみのまとめ。

■建築における「新しさ」とは何か。
「人間が生み出す芸術という小さな世界も、人間の意志の自由や創造的なファンタジーがあるにもかかわらず、ほんのわずかな、そして単純な原型(Urtyp)から発展するのではないか…。」(ゴットフリート・ゼンパー、1869、「建築様式について」チューリヒ講演自筆原稿より)※1

今年度のアーキフォーラムの全体テーマ「新しい建築の言葉」にある「新しい」とは、建築ではどのようなことを指すのだろうか。
簡単に思いつく範囲で考えると、20世紀初頭、オランダのデ・ステイルからル・コルビュジエの近代建築の五原則を経て、インターナショナルスタイルの誕生と続くモダニズム建築の一連の流れが挙げられる。デ・ステイル(De Stijl)は「the style」つまり「様式」なので、モダニズム建築における新しさとは様式の新しさであったと言える。
この「新しい様式」を探求する旅の前に、様式についての議論が盛んであった19世紀に注目したい。例えば、デ・ステイル以前に「様式(Der Stil)」という同じ意味のドイツ語のタイトルの本が、ドイツの建築家、ゴットフリート・ゼンパー(Gottfried Semper 1803-1879)により刊行されている。彼は人間は素材と技術の関係に創作の原型を見出し、そこに風土、宗教、政治など民族的な影響が作用することで多様性が生まれ、それが様式となることを説いた。
興味深いのは、ゼンパーがチューリヒでの講演の原稿(※1)にて、生物学者による進化論と創造論の論争:「アカデミー論争」に影響を受けたと記している点である。18世紀末、生物学において化石と現生生物との比較から形態の研究が進歩し、生物の多様性の根底にはある単一の設計図が潜んでいるに違いないというアイデアが台頭した。この「進化」という過去から現在をつなぐアイデアは生物は神により作られたという「創造論」と真っ向から対立し、パリの王立科学アカデミーで論争となったのだ。しかし、その新しい概念を生み出そうとする時代の熱気が建築や美術の分野に伝播し創作論に影響を与えた事実は、現在の私たちの状況を考える上で非常に示唆的だと思う。

■「膨大な情報からの選択」という設計手法
1、敷地の形状(石神井公園のスタジオ・住宅)
2、敷地周囲の建物(経堂の住宅)
3、用途地域や高さ制限などの法規(地面と屋根上の家)
4、採光などの室内環境(地面と屋根上の家、日本デザインセンターのインテリア)
5、素材(経堂の住宅)
6、部材の規格寸法(経堂の住宅)
7、賃貸住宅の検索サイト(Dアパートメント)
8、シンボル(石巻の鐘楼)
これらはレクチャーの中で設計の条件として取り出された要素である。当然、多くの建物がここに挙げられている以上の条件を検討した上で建てられているのだが、設計者が作品を説明する際に引用される設計条件だけでも、これほど多岐に渡っている。改めてレクチャーを振り返ってみて、私達が設計をする時にキッカケとなっている情報があまりにも多く、そしてばらばらに存在していることに非常に驚いた。100年ほど前までは、前段落にも挙げたように、ファサードや用途、構造などがひとつの「様式」としてパッケージ化され流通していたことと比較して、現在の設計者が取り扱える情報量は明らかに増えている。

だから現代の建築家にとって、その膨大な情報量から操作の対象とする情報を取捨選択する手法が大切になっている。今回の香川氏と長谷川氏の対談では、3Dモデル(デジタル)と模型(アナログ)という非常に対極的な手法が用いられており、たいへん面白かった。
香川氏が今回紹介したプロジェクトでは、断面図の構成や窓の位置・形状など、3Dモデルを利用して特定の変数におけるバリエーションを作り出し、それらを比較・検討しながら設計を進めていた。ここで大切なのは、3Dモデルの結果として現れる図面や外観パースの違いではなく、対談の中でも述べられているように、3Dモデルの作成行為である。3Dモデルは基本的にすべてのオブジェクトに対して数値を入力する要があり、周囲環境から建物の部材まで設計のフェイズに応じて数値を打込むことで、複雑な建物を理解できる範囲に落とし込んでいる。また、特定の変数を取り出しバリエーションを作りだす作業が、パースなどの目に見える結果以上に建築を身体化することに寄与しているのだ。
一方で長谷川氏は、インタビュー(※2)などでも語られているように、模型をたくさん作り比較・検討を行う手法をとる。レクチャーにて紹介された石神井公園のスタジオ・住宅では、駐車場の配置を模型で検討した結果としてラッパ型の平面形が紹介され、その後に続く断面模型や内観パースが、計画に非常にフィットして見えたのが印象的であった。つまり「駐車場の配置の検討」の模型から「全体的によい建築になる平面形」を選択している。長谷川氏は「ヴォリューム模型でスタディする事務所は実施設計が短い」という言葉が使っていたが、特定の条件から作成された模型のバリエーションに想像力を重ね合わせることで、建築に対する包括的な判断が行われているようだ。

■設計手法のメタファとしてのGoogle検索
この両氏の違いは、3Dモデルとヴォリューム模型という手法の対比で見るとデジタルとアナログという言葉を当てはめたくなるが、行為の水準ではどちらもデジタルな行為だといえる。どちらの手法にしても設計者自身が作成したバリエーションからひとつを選択しており、これはデータベースから情報を取り出すグーグル検索のようである。
実際、私たちは何気なくGoogle検索を利用しているが、その利用方法を振り返るとふたつの手法が考えられる。例えば「関が原の戦い」について詳しく調べる場合を想定すると、ひとつは「1600年」といった年代、「関が原」といった地名、「徳川家康」「石田三成」といった人物など、知りたい事柄と関係のある単語から検索をする手法であり、もうひとつは「関が原の戦い」と知りたい事柄そのものを検索して、ヒットした多くの結果に目を通すことから全体像を把握する手法である。今回の対談と比較すれば、香川氏は前者に、長谷川氏は後者に近いといえるだろう。前者は検索する以前に内容をあらかじめ分節に分けるため、情報を段階的に精査する。一方で後者は検索結果の全体から情報を包括的に検討する。

■データベースの可能性
建築設計とGoogle検索の大きな違いはデータベースにある。建築では敷地や延べ床面積、用途など要求される仕様が様々であり、それに合わせて設計者が自身でデータベースを作成している状況である。一方、Googleは世界中の人々が作ったホームページを収集することにより誰でもアクセスできる莫大なデータベースを作り上げている。建築でもそのようなことが可能なのであろうか。ここでは簡単な3つの事例を紹介したい。
ひとつは、昔から出版されている事例集に検索性を与えることである。1960年代と比べれば現在では学生でも海外へ行ける社会であり、デジタルカメラやGoogle street viewなど、記録を録ることが容易になっているといえる。東工大塚本研究室が編集した「窓のふるまい学」のような特定の部分をテーマにした事例集が検索可能になれば面白い。
ふたつめは、吉村靖孝氏による「CCハウス・プロジェクト」(※3)という図面のライセンス制度の提案である。建築家の図面は、これまでは建築雑誌や作品集によって他の建築家に参照されてきているが、このデジタルに情報を管理できる時代になった今、新しい図面の流通経路は模索されるべきであると思うし、そこに作成された図面のデータベースが人々のスタディにそのまま利用される可能性は非常に高いと思われる。
みっつめは、日本からはFablab japanの田中浩也氏が参加されている、MIT media labによる「Home genome Project」(※4、5)である。これは数百万個の間取り図をデータベースにしユーザーが検索によって絞り込むという、Google検索のモデルに非常に近いものである。「白紙から目的のモノを作る」のではなく「モデルの中から目的と合致するモノを検索する」ことをデザインと呼ぶパラダイムへ変化させることを目的としており、間取り図はアルゴリズムにより自動生成されているらしい。創造とは何か、逆に問いかけられている。

■おわりに
以上のように、このレビューではスタディで作成されるバリエーションをデータベースとみなし、そこに着目することで展開する創作論があるのではないか、という話を書いた。しかしTwitterでの実況を読んで頂ければ分かるように、今回の対談ではバリエーションから決定をする際にふたりの建築家が何を重視しているのか、に焦点が当てられている。なぜなら、長谷川氏も述べていたように、スタディその自体の話は伝えるのが難しいからだ。レクチャーという形式では、設計が終了した状態の建物について語ることになり、建物の最終型に向かって「なぜその選択をしたのか」を積み重ねるプロセスの物語になってしまい、スタディ段階に特有の決断する雰囲気が失われてしまう。設計している最中の建築家の頭の中では、もっと情報が錯綜しフル回転しているはずである。実際にスタディの雰囲気を肌で感じてみたい学生は、オープンデスクでもバイトでも、建築事務所に飛び込んで働いてみることをお勧めしたい。
アーキフォーラムではこれからも、社会の中で格闘している若い建築家による対談が続く予定である。新しさを追い求める時代の空気に触れてみたい方は、ぜひ会場に足を運んで欲しい。

※1:「ゼンパーの比較建築論の形成をめぐる一考察」、石川恒夫、美学会季刊誌『美學』210号(2002秋号)より
※2:「スタディとリアル」ARTandARCHITECTUREREVIEW,Feburary 2012 ( http://aar.art-it.asia/u/admin_edit1/Kki4EaOeyW5pZNTrBIfu )より
※3:「CCハウス」はなにを可能にするか(10+1web site)( http://10plus1.jp/monthly/2011/03/ )より
※4:「Home Genome Project」MIT media lab( http://cp.media.mit.edu/research/77-home-genome-project )、
※5:「設計の設計」( INAX出版 )p.82 アーキテクチャル・コーディング


 
執筆者プロフィール

石川翔平
1982年 愛知生まれ。
2006年 東京工業大学建築学科卒業、
2007-2008年 スイス連邦工科大学留学、
2010年 東京工業大学大学院建築学専攻修士課程修了。
2010-2012年 建設会社勤務。
現在 サイフォン合同会社在籍
   プレス設計事務所主宰


 

第1回:2012年9月29日(土)17時〜19時(開場16時30分)
テーマ:「スタディの可能性」 
ゲスト:長谷川豪(建築家)
コーディネーター:香川貴範(建築家)


●ゲスト略歴
 1977年埼玉県生まれ。
 東京工業大学大学院修了後、西沢大良建築設計事務所を経て、2005年長谷川豪建築設計事務所設立。
 現在同代表。
 2009年より東京工業大学ほか非常勤講師、2012年よりスイス・メンドリシオ建築アカデミー客員教授

●主な著書、受賞等
 主な受賞歴にSDレビュー2005鹿島賞、平成19年東京建築士会住宅建築賞金賞、第24回新建築賞など。 
 著書に『考えること、建 築すること、生きること』(INAX出版、2011)、
 作品集『Go HasegawaWorks』(TOTO出版、 2012)など。
 2012年春に初めての個展「長谷川 豪展スタディとリアル」(TOTOギャラリー・間、東京)が開催された。