誰がために建築は建つか 第10回講演:佐藤淳
多様な素材による多様な形態を並列に見る

「ヴェネチアビエンナーレ2 0 0 8」

 
タイトル:佐藤淳 構造のおしえ  執筆者:萬田隆(構造家/武庫川女子大学准教授)

17時、定刻通りに佐藤さんがいつものように飄々と壇上に上がる。会場を見渡すと学生より社会人の姿が多いように思われる。他所で関西のメジャー卒業設計講評会が行われている影響か。本日のレクチャーのテーマは「多様な素材による多様な形態を並列に見る」ご存知の通り、佐藤さんはアルミ、アクリル、ガラス等々、様々な素材に対して構造部材としての新しい使い方を示し、数々の斬新なプロジェクトを実現してきた。本日はどんな話が出てくるのか、とても期待感が高まる。

はじめに自己紹介とともに佐藤さんの構造設計の根幹ともいえる言葉がスクリーンに示される。
「多様な素材による多様な形状が多様な工法で作られ多様な外乱を受ける。」
「すべてを知ることができないから見切り発車している。」
「すべてを知らなければ設計できないわけではない。心配なことは確かめればよい。」
「現場の職人さんの意見を聞きながらつくる。日本の建築の作り方の良いところが失われないように。」

そして各プロジェクトの説明が始まる。
「地域資源活用総合交流促進施設」(意匠設計 高橋晶子+高橋寛/Workstation)
スパン 36x45 m の大空間を編のように組まれた集成材の屋根が覆う。平面形状はアメーバのような流線形であり、この曲面のRC壁が屋根を支え、屋根に発生したスラストを負担できる合理的な形状となっている。集成材の厚さは120mmであり、改めてスパンに対する屋根の薄さに驚かされるが、この薄さを実現する力学的合理性を追求するために模型での検討等、試行錯誤の課程が紹介される。その結果、屋根は楕円形状が最適という結論になったとのこと(某大御所構造家には一蹴されてしまったという話も。)また、設計通りでは、コストが合わず、設計をやり直さざるを得なった話や、風洞実験、接合部の実大試験等の話も披露される。

「ヴェネチアビエンナーレ2008」(意匠設計 石上純也建築設計事務所)
少し違った環境で植物を育てるというコンセプトで作られた温室。
石上事務所から提示された模型はフレームが無く、構造の存在を限りなく消したいという姿勢が示される。ガラスのみで成立させることも考えられるが、ガラスが厚くなるとその存在感が大きくなりすぎてしまうという難題の中、設計が行われた。荷重負荷をかけたまま施工を行い、竣工時のたわみを調整する、ガラスも構造部材として使用する、フレームは高張力鋼を使う等々、力学的、材料的に考えられるあらゆる工夫を凝らし建築家の望む作品を作り上げていった課程が披露される。完成した作品の繊細さ以上に、その裏で繰り広げられたエンジニアリングの繊細さに感嘆させられる。

「ヴェネチアビエンナーレ2010」(意匠設計 石上純也建築設計事務所)
カーボン樹脂繊維を使ったインスタレーション、 2年前のビエンナーレをさらに上回る繊細さを持つ作品である。説明の中で出てくる重量の単位はグラム、長さの単位は1mm未満と、もはや建築ではないオーダーが新鮮であった。猫が作品を崩壊させたという有名なエピソード(その他計3回壊れたそうである。)も披露され、会場も和やかな雰囲気に。構造設計者にとって、インスタレーションの設計は、建築基準法という足枷を外すことができて思う存分に力量を発揮できる場であるが、その反面、全ての裁量を負うこととなり、楽しくもプレッシャーが大きい仕事である。この作品はとても軽く、崩壊しても人的な被害は考えられないという前提はあるにせよ、崩壊した作品が世界に認められる(金獅子賞を受賞)ということは、構造設計者の努力、挑戦を正当に理解してくれている人がいる証でもあり、とても喜ばしいことである。

その他にも紹介する予定のプロジェクトがあったそうであるが、時間の都合でディスカッションタイムへ。
コーディネータの満田氏からの問いかけで、建築家とのコラボレーションについての議論へ。木村俊彦氏のもとで学んだ影響は大きく、仕事の進め方は、ずっと踏襲している。建築家が何をやりたいのかをひたすら聞くことにより、自分の創造力が触発される。打ち合わせ中のくだらない話から様々なアイデアが生まれることも多い。建築家が提示する物に対して、始めはこんなものを作ってよいのかと悩むこともあるが、竣工すると納得できることも多いとのこと。建築家と構造家の信頼感をとても感じる言葉である。
満田氏は佐々木睦朗事務所出身でいわば同門。設計理念や仕事の進め方や共感できる事も多いようである。

話は、最近の仕事に及び、公共の仕事で、施主(某東京23区)と喧嘩をして仕事を降りたという話も披露された。残念ながら今の日本では、建築家や構造家の努力を理解してくれない施主も多く、特に構造はアクロバティックなものより堅実で丈夫なものを求められる事も多い。構造設計者は、建築家や施主に対して安全性についての説明義務はあり、それを説明する難しさについても語られた。しかし佐藤さんのプロジェクトは、普通の人には理解が難しいのは容易に想像できる(笑)。普段はとても温和であるが、曲がったことは嫌いで、人一倍頑固な一面を持つ佐藤さんの人柄を表すエピソードであった。

オーディエンスからの質問タイムでは、様々な質問が投げかけられる。特筆すべきは、エンジニアリングの興味対象は建築に限らず、むしろ宇宙、航空等、他分野が触発されることが多いとのこと。特にヨットの技術を話している時には、少年のような無邪気さを感じた。(ちなみに佐藤さんはウィンドサーフィンの腕前は一級品で、木村事務所時代、慰安旅行先のオーストラリアで嵐の海に飛び出して行き、他のメンバーを唖然とさせたという武勇伝がある。)

あっという間に時は過ぎ、まだ話を聞き足りないという若干の欲求不満な気持ちを抱えつつ閉会へ。全ての話は、首尾一貫したおり、最初に提示された数行の言葉に集約されると改めて実感した。

手前味噌であるが、佐藤さんが木村事務所を独立したのが、私が新谷さんのもとに就職した時期と重なり、当時、佐藤さんは事務所に手伝いに来てくれ、手取足取り構造設計を教えていただいた。(今では信じられないが、その頃佐藤さんは暇人であった。)私が何も分かっていなかったということを差し引いても、佐藤さんの宇宙人的な発想にとても驚かされたことを思い出す。あれから10年以上たち、あの頃と何も変わらないキャラクターに安心感を得た。佐藤さんのもとに建築家が集まるのは、その発想力だけでなく、あの人柄によるところも大きいと思う。また当時感じた宇宙人的発想はさらにディベロップされ、新しい境地に突き進んでいるということに尊敬の念を抱かされる。若手の構造家は、これ以上引き離されないよう頑張って行かなくてはならない。

佐藤さんは日本の構造界を引っ張っている人材であることは疑いの余地もあるまい。スター構造家が雑誌等メディアに頻繁に登場し、学生たちがそれを見て構造デザインという仕事を知り、あこがれ、同じ道を目指そうというモチベーションを与えてくれるというのは嬉しい限りである。しかしその裏側には、しっかりとした力学の基礎や計算、エンジニアリング等、メディアでは取り上げられにくい地道な裏側があることも、特に今回来場した学生には、十分に知ってほしいと思う。

追伸
このレビューを書いている最中に3/11の東日本大震災が起きた。津波により消えてしまった町、見るに耐えざる状況に心を痛め、構造設計者としての無力感を感じ、構造デザインとは何だろう?細い柱や薄い床を考えることに何の意味があるのだろう?と自問自答が始まり、このレビューの筆も止まってしまった。ようやく頭の中の整理がつき思うことは、ここで歩みを止めてはいけない。安全について今まで以上に追求していくことはもちろんのことであるが、今後、ますます構造設計者にとって逆境の時代となるかもしれないが、日本の建築文化を損なわないためにも佐藤さんを先頭に我々は頑張って進んで行かなくてはいけないと決意を新たにするところである。


 

執筆者プロフィール
萬田隆(まんだ・たかし)
1971年 東京都生まれ/1999年 京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了/1999〜2005年 オーク構造設計/2005年〜 tmsd 萬田隆構造設計事務所 主宰/2006年〜 武庫川女子大学 建築学科 准教授

 

講師:佐藤淳(佐藤淳構造設計事務所顧問/東京大学特任准教授)

□Why 佐藤淳 ?

佐藤淳さんは現在活躍する若手構造家の中でも最も有名な一人であるということに疑いの余地はないでしょう。特に昨年に石上純也さんがヴェネツィアヴィエンナーレにて金獅子賞を受賞した作品『architecture as air』には多くの人 が衝撃を受けたのではないでしょうか。この作品を含め、佐藤さんの関わった多くの作品からは「フロンティアスピリッツ」を感じ取ることができます。そこにたくさんの苦労や困難が伴っているのは容易に推察できるのですが、同時に佐藤さんは、上手に自分のやりたい方向へ問題を再解釈・再設定し、そこにある苦労や困難をそれ以上の「楽しみ」へと変換しているようにも思えます。しかし、それら「自分のやりたい方向」の事柄は、決して自己中心的に好き勝手なことをしているわけでもなければ、依頼主である建築家のわがままを助長するようなものでもありません。つまり、己の欲望のはけ口として建築を利用しているわけでもなければ、依頼主の要望を盲目的に建築化しているわけでもなく、ある一定の節度が備わっているようにも感じられます。このことは、今シリーズのテーマである「誰がために建築は建つか」という問いに対する佐藤淳流の答え方でもあるように感じられます。作り出される作品が先進性と独自性を有するものであり続けるのは何故か、といったことも含め、今回のアーキフォーラムでは、そんな佐藤さんの背景に鋭く迫ってみたいと思います。(満田衛資)

□第10回講演:
多様な素材による多様な形態を並列に見る/佐藤淳

□日時:2011年2月26日(土)

●略歴
佐藤 淳(さとう・じゅん)
1970 年 愛知県生まれ
1993 年 東京大学工学部建築学科卒業
1995 年 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程卒業
1995〜1999 年 木村俊彦構造設計事務所
2000 年 佐藤淳構造設計事務所設立
2004〜2010 年 芝浦工業大学、慶應義塾大学、東京大学、東京理科大学非常勤講師
2010 年 東京大学特任准教授

●主な著書
「Vivid Tecnology」(共著,学芸出版社)
「20xx年の建築原理へ」( 共著,INAX出版)
「佐藤淳構造設計事務所のアイテム」(INAX出版)

●近年の受賞(建築家の受賞も含む)
2009 年 日本構造デザイン賞(地域資源活用総合交流促進施設)
2010 年 日本建築学会作品選奨(House YK/Islands)
2010 年 LEAF AWARDS 2010 最優秀賞(PLUS)
2010 年 ヴェネチアビエンナーレ金獅子賞(architecture as air)