誰がために建築は建つか 第7回講演:藤村龍至
批判的工学主義から CITY2.0 まで

「Building K(2008年)/ 東京都杉並区」
photograph by koichi torimura

 
タイトル:設計することの可能性  執筆者:殿井環/殿井環 建築設計

藤村氏は自身の講演を「落語」と表している。同じ言葉、同じスライドを意識的に反復して使い、それに対する批評や観衆の反応を見ながらバージョンアップを繰り返しているのだという。ところが、今回はコーディネーターの満田氏から「これまでの活動がどのように展開されてきて、これからどこへ向かうのか。」という問いかけが事前にされており、藤村氏の活動を統括するような講演の展開が期待された。
この問いかけに対する建築家の講演というと、作品とともに建築の表現や建築家の問題意識がどのように展開してきたかと話が進められそうなものである。しかし、藤村氏の場合、「都市に濃密で複雑な空間を取り戻したい。」と思いを述べていたように、まず前提として都市に対する強い問題意識があり、それを広く共有することをモチベーションにどのような活動を展開してきたのかと話が進められた。「基本的には建築の設計をしている。」という自己紹介は、あらゆる活動を設計する対象としている藤村氏の建築家としての姿勢を端的に示している。フリーペーパーや展覧会のキュレーション、建築作品などの藤村氏の活動が等しく時系列にそって並べられ、スピーディーに振り返る講演となった。

まず、講演の中でも繰り返し述べられていた藤村氏の問題意識を確認しておきたい。
藤村氏は、阪神大震災とオウム真理教事件が起こりWINDOWS 95が発売され、「インターネット元年」とよばれた1995年を、物理的インフラの脆弱性が明らかになり、情報インフラの浸透が見え始めた時代の転換点として位置づけている。
他方、「都市から撤退する」(磯崎新)「住宅に都市を埋蔵する」(原広司)「住宅は芸術である」(篠原一男)といった1970年代の建築家の言説を引用し、建築家が都市について論じなくなって久しいと続ける。しかし、郊外に留まらない都市全体の郊外化が進み、経済のグローバル化と情報化に代表される社会的な仕組みが変わるような現代では、建築家の社会的役割が再考されるタイミングにあり、建築家が個人から社会を語るという枠組みを見直し、建築家が都市の枠組みで建築を語る社会を築きたいと主張している。
藤村氏と山崎泰寛氏を中心とするTEAM ROUNDABOUT(以下、TRA)のインタビューという方法とフリーペーパーという紙媒体による表現は、TRA固有の活動として展開されてきた。TRAの活動をおさらいしておく。

2002〜 ウェブサイト「roundabout journal」
「都市にインタビューする」を合い言葉に、藤村氏が山崎泰寛氏とウェブサイトを立ち上げ、ブログでの議論が始められた。
2007〜 フリーペーパー「ROUNDABOUT JOURNAL」
メンバーが加わり、TRAとして拡大。TRAメンバー内での議論と同世代の建築家へのインタビューをベースに原稿化し、プリーペーパーとして発行。
2008〜 イベント「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL」
タイムテーブルにそって進行する複数の建築家の議論が、同時進行で文字に起こされ、編集を経てフリーペーパーとして印刷、配布されるまでがライブで行われた。
2009 著書『1995年以後』
フリーペーパー「ROUNDABOUT JOURNAL」で展開していた一連の議論が、32人の建築家、研究者等へのインタビュー集として再構成された。

都市的な問題意識をまず広く共有するべく、同世代の建築家にインタビューして議論を交わすことから始められた活動は、現在では非常に洗練された方法で議論の主題が共有されるように意図されている。
インタビューや議論を通じて建築家の関心や問題意識が言語として引き出されると、その場に居合わせた観衆との間で内容が共有されるが、フリーペーパーとして原稿化されると、観衆の議論への理解を助け、より伝わり易くするといった教育効果がある。また、議論の場に居合わせなかったとしても、フリーペーパーが配布されることで、広い範囲で効果的に議論の内容を共有できるといった波及効果も期待できる。更に、美しくビジュアル化されたフリーペーパーは、『レスプリ・ヌーヴォー』(1920年:ル・コルビュジエ/ポール・デルメ/アメデ・オザンファン)や『都市住宅』(1968年:鹿島出版会)といった建築を総合的に扱った出版物を思い起こさせるような、表現としての魅力を備えている。何より、ライブでの編集・発行作業は、議論の場にお祭りのような祝祭性や活気をもたらしているだろう。「議論の場を設計する。」という藤村氏とTRAの宣言の通り、都市についての議論が継続的に行われてきた結果、2010年よりweb マガジン「ART and ARCHITECTURE REVIEW」がスタートするなど都市を語る基礎が着々と築かれてきている。

ところで、藤村氏の講演や論考では建築・都市の歴史が頻繁に参照されている。
例えば、1960年代に着目し、当時の建築家たちの議論において重要な役割を果たしていた雑誌『都市住宅』を取りあげ、高度成長期に技術的な前提が変わり建築が巨大化していった当時の時代背景と、情報化と郊外化を中心とした時代の転換期にある現代とを、建築家の役割が問われているタイミングとして照らし合わせている。創刊した植田実氏を中心として磯崎新氏や伊東豊雄氏をはじめとする建築家たちが都市を舞台に盛んに議論を交わしていたことを相対化し、TRAをめぐる建築家たちの議論の場を展開している。
また、藤村氏のマニフェストである「批判的工学主義」の論考では、20世紀初頭の技術革新であった工業化による機能主義を背景に、建築の新しい表現をもたらしたモダニズムを「批判的機能主義」として捉え直し、現代の情報化による工学主義を背景にした新しい建築運動として「批判的工学主義」を位置づけ実践している。
建築の設計では、具体的な建築や街、広場などを通して歴史を参照する機会が非常に多い。参照する内容や水準は目的によって様々であるが、先行する複数の事例を比較し検証することから知見を得るだけでなく、設計する建築に対して認識を改めたり、新たな可能性を発見したりすることができる。藤村氏は建築家たちが歴史的に起こしてきた運動などへと参照する対象を更に拡げている。それらを社会の仕組みが変わった現代において再考することから、建築家の社会的な役割や都市へどのようにアプローチするかといった課題に、新たな可能性を見いだそうとしているのが特徴的である。

『1995年以後』出版のあと、展覧会のキュレーションへと活動の幅を広げている。「ROUNDABOUT JOURNAL」での議論から継続して、情報環境の整備が進んだことによって都市空間がどのように変容しているのかといった主題でキュレーションを行っている。現在までの展覧会をおさらいしておく。

2009 「ARCHITECTURE AFTER 1995」
2009 「生成の世代 generation of generativity 」
2009 「ARCHITECT JAPAN 2009─-ARCHITECT2.0 WEB世代の建築進化論」
2010 「Architects from HYPER VILLAGE “超都市“からの建築家たち」
2010 「CITY 2.0 -WEB世代の都市進化論」

展覧会のタイトルは、作家や観衆と共有する「フレーム」として定義しているという。最近のキュレーションである「CITY2.0-WEB世代の都市進化論」について、「全体の構図をつくれた。」と振り返っていたように、作家と作品をフレームがもたらす体系の中で位置づけ、全体の構成からフレームが浮かび上がるように意図されていることが分かる。建築に限らず、作家が自身の作品を並列して展示する展覧会に慣れているせいか、フレームによって観衆に見方を示し、同時に批評や議論の焦点を示すような挑戦的な展覧会のあり方は非常に新鮮に感じる。
更に、「ROUNDABOUT JOURNAL」と同様に、一連の展覧会は同世代の建築家から始まり、作家の分野や世代を拡大しながら連続している。フレーム(仮説)をもとに展開し、結果の検証から仮説へとフィードバックして次のフレーム(仮説)へと連続して展開させていく建築的な設計の手続きにより、展覧会において都市的な様相を設計することが繰り返し試みられている。

最後に、政治というキーワードが挙げられた。ここでも更に広範に歴史を参照している。「都市と農村の格差+交通インフラ=工業化」というシナリオを描いた『列島改造論』(1972年:田中角栄)を評価し、都市構造の転換した現代によって読み直し、「都市と地方の格差+情報インフラ=創造都市化」というシナリオを「列島改造論2.0」として提示するという。最後に満田氏の問いかけへの回答として、「田中角栄という存在を意識して、国土の再改造案を国民のイシューとして提示し、建築家の地位を向上させる。」という宣言で締めくくられた。これまでの議論を踏まえると、情報化に伴い建築家の社会的役割が再考されることと同様に、政治の社会的役割も再編されるタイミングにあり、そこへ建築家として介入することを意図しているものと想像されるが、具体的な政治へのアプローチの仕方は議論の場に主題として提示され展開されていくことを、まずは観衆の1人として心待ちにしたい。

圧倒的な言葉の量と、スライドの量をもって藤村氏の独立後10年程の活動を概観する講演会であった。スライドには、「BUILDING K」や「東京郊外の住宅」をはじめとする建築作品の写真はわずかしか登場していないが、あらゆる活動が設計の対象とされ洗練された表現へと高められていく過程を通じて、建築作品に留まらずに設計を広範に実践し、設計することの可能性を追求していくことが建築家の社会的役割のひとつとして提示されていた。どれも継続中の活動であり、これから更にどのように活動の幅を広げ、議論を深めながら展開していくのかを期待すると同時に、日々の建築の設計において、敷地やその周辺の環境から更に高く俯瞰して都市を考え、語り始めるきっかけとしたい。


 

執筆者プロフィール
殿井環(とのい・たまき)殿井環 建築設計/1979年大阪生まれ/2004年東京工業大学第6類建築学科卒業/2006年東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了/2006-2009年株式会社 山本理顕設計工場/2010年殿井環 建築設計開設

 

講師:藤村龍至(東洋大学専任講師/藤村龍至建築設計事務所代表)

□Why 藤村龍至 ?

アーキフォーラム第7回では、講師に藤村龍至氏をお迎えいたします。すでに超有名の域に達していらっしゃる方なので細かい紹介は不要かもしれません。実際のところ、藤村氏の肩書きは「東洋大学講師/藤村龍至建築設計事務所代表」なのですが、大学講師としては着任されてまだ半年程度ですし、一方で、建築家としての実作もまだ数えるほどしかありません。つまり、大学講師としても建築家としても、特別に大きな実績をお持ちではありません。しかしながらその活躍の幅や知名度は抜群すぎるほどで、今回のアーキフォーラムも大盛況となるであろうことは容易に想像できます。さて、この有名な「建築家」の藤村氏について、この場で敢えて肩書きの話を持ち出したのは、藤村氏のこれまでの活動内容がいわゆる巷の「建築家」のそれとはあまりに違いすぎるからに他なりません。このことは時に藤村氏への逆風となりアンチを生む構造にすらなっているわけですが、逆の見方をすれば藤村氏がこれまでに行ってきた活動を振り返ることで改めて「建築家」という職能について考え直すことができるのではないかという期待もできるのです。事実、藤村氏の言説の中には「Google的建築家像」という言葉も登場し、これからの時代に相応しい建築家像を提示しようとしているのは明らかで、それは従来のアトリエ的建築家像とは異なります。それが今回藤村氏をアーキフォーラムの講師として御呼びすることにした大きな理由の一つにもなっています。つまり、特殊解としての藤村龍至を通して「建築家とは何か」という問いに対する普遍解を探ろうという試みです。
そしてもう一つの理由は藤村龍至人気という現象に対する興味。一般に、何らかの新しい言説が提示されたとき、まずはその内容を理解しようとするのものです。そしてその次のステップとして、その言説に対し自分は賛同できるのかそうでないのかの判断を行うのがいわゆる良識的な思考判断手順です。もちろん、登場する言葉や論の背景・歴史に対する知識が不足すると内容は十分に理解することはできず、判断については留保せざるをえないグレーゾーンが残ることもあります。東浩紀氏らをはじめとする時代の先端を走る批評家や社会学者らとの共著をお持ちであるなど、その先端性・新奇性(新しすぎて賛同できるか否か判断保留とせざるを得ないことが含まれるという意味)も含め、私の中にはまだ藤村氏に対するグレーゾーンが残っています。が、藤村氏には、特に時代に敏感な学生からの圧倒的な人気があります。その源は何なのか?私の中にあるグレーな部分が何故グレーであるのかという問題意識から、様々な疑問点を藤村氏にぶつけてみることで、結果的に現在の藤村龍至人気の背景を浮かび上がらせることができるのではないかと考えています。(満田衛資)

□第7回講演:
批判的工学主義から CITY2.0 まで/藤村龍至

□日時:2010年10月30日(土)


●講師プロフィール
 ・1976年 東京都生まれ
 ・2000年 東京工業大学工学部社会工学科卒業
 ・2002年 東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了
 ・2002〜03年 ベルラーヘ・インスティテュート(オランダ)
 ・2003〜08年 東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻博士課程
 ・2005年 藤村龍至建築設計事務所設立
 ・2008年〜 東京理科大学、首都大学東京、日本女子大学などで非常勤講師
 ・2010年 東洋大学専任講師

●メディア関連
 ・2002年〜 ウェブサイト「roundabout journal」
 ・2007年〜 フリーペーパー「ROUNDABOUT JOURNAL」
 ・2008年〜 イベント「LIVE ROUNDABOUT JOURNAL」
 ・2010年〜 ウェブマガジン「ART and ARCHITECTURE REVIEW」

●主な著書
 ・2009年 『1995年以後』(編著・エクスナレッジ)
 ・2010年 『地域社会圏モデル』(共著・INAX 出版)

●主な展覧会キュレーション
 ・2009年 「生成の世代」「ARCHITECT 2.0」「ARCHITECTURE AFTER 1995」
 ・2010年 「超都市からの建築家たち」「CITY 2.0」

●主な受賞
 ・2008年 第29回INAXデザインコンテスト審査委員特別賞(BUILDING K)