建築の跳躍力 第12回講演:
一連のNowhere resortの建築、一連のコンテナ建築/吉村靖孝: 木・林・森
 
森のような林   執筆者: 前田茂樹 (前田茂樹建築設計事務所)

吉村さんの講演会は、「情報化」をX軸に、「都市化」をY軸にとった現代建築の問題系をプロットしたグラフから始まった。

吉村さん自身は、このグラフは20世紀後半のキーワードであるので、現在も社会がこのような問題系として把握できるかはわからない、またこの情報化と都市化に関しては、カタカナの持つアーキテクチャーの完全性と、建築の持つ不完全性ともいえるのではないかと言及していた。いずれにせよ、グラフにプロットされたもっとも大きな黒丸、自身の立地点Pは、建築は社会という獏とした世界の中にあり、建築家であるということは、情報化の持つ完全性へ向かうベクトルと、都市化の持つ不完全性のベクトルの中で、立ち位置を定めることに他ならないと宣言しているようであった。

吉村さんが早稲田大学古谷研で取り組んだ、仙台メディアテークの2等案は、「情報化」が進み、書籍の完全検索性が達成されたときに、建築という媒体は何が出来るかということを問うた。それは偶発性などと呼ばれる、「都市的なもの=一種の不便さ」を建築においてどう構築していくかという宣言であった。伊東豊雄さんによって実現した建築が、それが別のアプローチ、抽象的なコンセプトから入ったものでありながら、出来上がった空間の質としては、「都市的なもの=一種の不便さ」を備え、物理的な「森」によって、逆説的に建築のちからを表現できるのだという、伊東さんのターニングポイントになったのは興味深い。

私は、この講演会のテーマである、木(TREE)・林(WOOD)・森(FOREST)は、吉村さんが学生時代に考え、ある意味プロジェクトが実現しなかったことによって凍結した、ピュアな思考から2歩も3歩も進んだ現在進行形の、建築と社会(物理的な都市だけでなく)の「望ましい関係性のイメージ」であると捉えた。

ここで、木(TREE)・林(WOOD)・森(FOREST)には、2種類の意味があることを理解しないと、話が混乱する。

ひとつは、漢字のなり立ちの字義通り、「木=単位」の集合によって、「林・森=社会」の一部に近づく、数量としての意味だ。これは、スケールを落として、木を部屋と考えれば、部屋の集合体が住宅建築=林や森ともいえるかもしれない。

もうひとつは、吉村さんが林と森の違いを例にとって説明をされたが、単体の集合のあり方に対する独自の審美眼がこめられている。少し横道にそれるが、森の語源は「盛り、守り」で人の手の入らない群であり、林の語源は「生やし」で人の手が入った群だという。建築物はすべて人工物だという批判を承知しながら、例えを挙げるとすれば、バナキュラーな集落はおそらく「森」であり、オランダの国土は造成されたものであるという意味で「林」といえるのではないかと思う。私の講演会のノートには、「森みたいな林」と書かれている。おそらく吉村さんの考えるスマートな集合のあり方は、人の手が入った計画物(林)でありながら、それを感じさせないもの(森)のような感覚なのではと推測した。そこに、冒頭のグラフを重ねてみると、「空間は情報化によってどんどん整理されていく中で、建築や都市は整理されない。如何に使用目的が意図されない場所を作ることが出来るか、建築や都市の持つ不完全性を構築することが出来るかが大事」だと述べている言葉が理解しやすい。

私には、プロジェクトで扱う「木の単位」は毎回違うが、吉村さんの意識の中にスケールを超えて時々出てくる美的な概念だと考えると、設計者本人にとっても無意識的な、一貫性が垣間見れるようで面白い。

例えば、吉村さんのプロジェクトの説明は、Nowhere But Sajima、Hayamaや「軒の家」においても、周辺の法規や敷地環境から生まれる規制の説明から入った。情報化のベクトルの中でそのままに成立してしまうと完全性に向かってしまうところを、それに従っていながらも、どこかに意図されない場所を作る操作を加える。
また、いい意味でのだまし絵的なデザイン要素が、前述の「森みたいな林」のバランス感覚に基づいた美意識がそこかしこに入っていることも、納得がいく。

一連のコンテナプロジェクトは、物理的に表出するものは建築でありながら、住居単位の生産手段の可能性を提示することまで視野が及んでいる。横浜のコンテナホテルでは、群として「林」が不思議な風景を作り出しているが、その先の視野は、コンテナの住居単位を、インフラの無い地域、または途絶えた地域、被災地の避難住宅へと転用するインフラ・フリー・プロジェクトへも言及し、「森」へと繋がっている。

また、話の最後に概要に触れたのみにもかかわらず、質疑応答の際に反響が大きかったクリエイティブ・コモンズ・ハウスは、その作品単体ではなく、建築家の図面を著作権フリー、もしくは柔軟な著作権を定義するライセンスシステムに乗せ、使用可能にするビジネスモデルだ。思考の発端は、狭小住宅の建築家の設計料が、設計密度を上げるには安く、建築家にとって受けにくい状況を、社会制度を利用して、どうにかしたいという思いだという。

日本の建築家が都市や社会を語らなくなって久しい。
それは、日本の建築家の資質が変わったのみならず、日本の都市や社会が世界にも例の無いほど、視覚に拠らない要素で構成されており、その見えにくい無数の情報を読み取らないと都市へとは到達することが出来なくなっている気がする。講演会後の懇親会で、9年の海外生活から帰国して2ヶ月だった私は、まだ街の至る所で違和感に包まれていて、「吉村さんの感じる法規や敷地環境による規制への違和感を、デザインに変換しているのですか」と質問した。答えは「少し変えることで大きく変えることが出来るのでないか」という気持ちだという。何を変えるのか、自分が関わっている「木」を、だろう。「木」をデザインしていながらも、「森みたいな林」に繋がる思考、パースペクティブを持ち、それを実践し続ける、肩の力が抜けた意思が垣間見えたと思うのは、思い込みすぎだろうか。

 

執筆者プロフィール 前田茂樹 (前田茂樹建築設計事務所) 1974年大阪生。 大阪大学建築工学科卒業。 東京藝術大学美術研究科中退。 2000-2009ドミニク・ペロー建築設計事務所(DPA)にて、新潟妻有大地の芸術祭にてバタフライ・パビリオン(屋外能舞台、2006)、大阪富国生命ビル(2010年竣工予定)を担当。 現在 前田茂樹建築設計事務所主宰 兼 DPA日本代表、東京理科大、摂南大学にて非常勤講師
 

 
□第12回講演:
一連のNowhere resortの建築、一連のコンテナ建築/吉村靖孝:木・林・森

□日時: 2009年10月24日(土)

□ 吉村靖孝 プロフィール:1972年 愛知県豊田市生まれ/1995年 早稲田大学理工学部卒業/1997年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了/1999年?2001年 文化庁派遣芸術家在外研修員としてMVRDV在籍/2001年 吉村真代、吉村英孝とともにSUPER-OS設立/2002年 早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程満期退学/2002年? 東京理科大学、早稲田大学、関東学院大学ほかにて非常勤講師/2005年 吉村靖孝建築設計事務所設立

□NOWHERE BUT HAYAMA
所在地:神奈川県三浦郡葉山町/主用途:住宅/建主:Nowhere resort/敷地面積251.65平米/建築面積:123.52平米/延床面積:167.51平米/構造・規模:木造・地上2階
□NOWHERE BUT SAJIMA
所在地:神奈川県横須賀市佐島3-10-8/主用途:住宅/建主:Nowhere resort/敷地面積132.09平米/建築面積:63.88平米/延床面積:172.96平米/構造・規模:鉄筋コンクリート造・地上3階