建築の跳躍力 第8回講演: 輪の家・モザイクの家/武井誠+鍋島千恵:接点の風景
 
強い形態の中に潜む知性  執筆者:満田衛資(満田衛資構造計画研究所)

TNAは、誤解されがちな建築家である。
彼らの建築の多くが特徴ある強い形態を有している。が故に、形態をデザインするのが得意な建築家というイメージを生み、それが行き過ぎて、形態をデザインすることを主眼とした建築家、と誤解されている、というのが単純な構図である。
そして、作品などに対する彼ら自身によるネーミングもまた、誤解に拍車をかけている。
2008年にプリズミックギャラリーにて開催されたTNA展のタイトルは「ジェスチャー・アーキテクチャー」であった。 「周囲の人たちが、言葉で作品名を言うよりも先に、ジェスチャーを交えながら『ほら、あの家のことだけど・・・』という感じで私たちの作品のことについて語ってくれることが多かった」ことからそう名付けたそうだ。
が、TNAをよく知らない人が、そのタイトルを聞き、彼らの特徴的な形態の建築たちをざっくりと俯瞰すれば、「TNAって、ジェスチャーで表現できるような形態の建築を作りたい人たちなのね」と思われてしまうのがオチである。多くの人は「あなたがその中で最も主張したいことをタイトルに凝縮しなさい」と学校で教育されてきたのだから当然である。
また『カラコンの家』(カラーコンクリート)・『モザイクの家』(モザイクタイル)・『カタガラスの家』(型板ガラス)という風に、外装材から作品名を決定することが多いのもTNA建築の特徴である。よくありがちな『○○(地名)の家』という作品名と同じく、至極単純な事実を述べているだけであり、その名に何も嘘はない。だが、外装材は地名とは異なり建築家自身に決定権があるという意味で、(地名)を用いた命名とは本質的に異なる。建築家自ら決定したものを作品名に用いているだけに、読み手に対し「何か意味があるのでは」と妙な詮索を誘引し、確信犯的に事の真相をぼかそうとしているのではないかとすら思える。コーディネータとのやりとりの中でも、そのあたりが不親切なのではないかという指摘もあったほどである。

このように、言葉よりも先にジェスチャーが出るほどに強すぎる形態と、真相に辿りつきにくいネーミングが、TNA建築を誤解へと導きがちなことについては、おそらく異論はないだろう。

が、あくまでも、それは「誤解」の生まれる理由でしかない。このレヴューも彼らのネーミングを批評することが目的ではないので、ここから先は、今回の講演の中で武井誠氏が発したいくつかの言葉をピックアップしながら、その「誤解」が単なる「誤解」に過ぎないことを明らかにしてみたいと思う。

「建築とアートの境はあって欲しい。かっこいいとか素敵という詩的な言葉だけで評価されたくない。」
「ディテールは大切な要素だと思う。ただ、それはあえて言わなくてもよいことだと思っているし、でも、ディテールがあるからこそ建築なのかなっていう風には思います。」
「アーチ窓はアーチであることに意味があり、アイコンとしてのアーチ窓は嫌いですね。」
「制約は多い方が好き。ぐちゃぐちゃした数式がきれいに因数分解できるような感じの設計がしたい。」
「形にこだわりは無い。」

これらの言葉を見れば、彼らは表層的なデザインへの興味は薄く、愚直に『建築』を作ろうとしていることがわかるだろう。
アーチには力学的に意味があり、開口を設けるための意味をもった手段でもあった。そうした本来の意味を外れた単なるモチーフやアイコンとしてのアーチ窓はTNAにとっては魅力的なものではないと断言している。TNA建築のもつ形態の強さは、まるで彼らがアーティスティックなスタンスで建築を作っているかのように思わせがちだが、彼らはそのような誤解を最も嫌っている。
変数あるいは因数分解という言葉からは、彼らが、建築を多くの変数を有するひとつの統合体、あるいは、関数として扱っていることが垣間見える。そういう意味では、彼らは「形を作る」ことよりも「解く」あるいは「導く」ことを優先していると言っても過言ではないだろう。周辺環境のことも、構造のことも、設備のことも、全てを、同列に扱いそして同時に解こうとしているのである。そしてその態度こそがアートと建築を隔てるものであると考えているのだ。
面白い事実としては、武井氏は、独立するまでに、塚本由晴氏と手塚貴晴氏という二人の対極的な建築家のもとで建築を学んでいたことが挙げられる。武井氏は両師をそれぞれ「外側から内に向かって作る人」「内側から外に向かって作る人」と評している。周辺環境を重視するスタイルと内在する可能性を重視するスタイルとも言えるが、それらの違いについて武井氏は「その優劣はつけられない」と言い、だからこそTNAは「内部と外部の接点を意識している」のであろう。
講演の最後では、自作ではなく武井氏が感銘を受けたという四万十川の沈下橋について触れ、橋として本質的に備わっているべき機能と周辺環境の関係や、そこでの人の振る舞いなどについて「自然と人工物の接し方」として着目し、「そこから生まれる独特の感情は建築でも作れるのではないか」「そういう風景をもった建築をこれかも作っていきたい」と述べて講演を締めくくった。

ここまでに述べてきたように、特徴ある形態を作ることはTNAにとっての主たる目的では決してなく、形態は彼らが得るべき解に到達するためのトータルデザイン(=設計)の一部にすぎない。その上で多くの人が惹かれてしまうような特徴的で魅力的な形態をデザインできているのは、その才に長けているだけの話であろう。建築として備わっているべきものを意識し、そして、単なる合理に振り回されることなく、と同時に、表層のデザインも疎かにせず、かつ、内部の構成も破綻無く解ききることが目指すべき建築の設計のあり方ではないのか、という強い倫理観を秘めたメッセージを発しているのだから、非常に頼もしい建築家だとも言えよう。

あえて意地悪な言い方をするとすれば、彼らのここまでの成功は、住宅規模、という多様な変数を比較的等価に扱いやすい条件下であったから、と言えなくもない。一般的に、建築はある規模を超えると「解く」ように設計をしようとすればするほどに、変数間の優先順位を際立たせなければならなくなり、つまり、彼ら特有の『等価に扱い同時に解く』スタイルが通用しにくくなるものである。そのときに彼らがどのような建築を生み出してくれるのか、TNAの2ndステージが待ち望まれる。

さて、ここで最後に『不親切』とまで言われてしまった彼らの作品に対するネーミングについて一言付け加えておこう。TNAが最も意識しているという『内部と外部の接点』とは、建築で言えば、境界面、つまることろ外壁面のことであり、であるとすれば、彼らの作品のネーミングが外装材からつけられていることについても、あぁなるほどね、と腑に落ち、改めてTNA建築をその境界面から見つめなおしてみたくなるのではないだろうか。
 
執筆者プロフィール 満田衛資(満田衛資構造計画研究所)構造家。満田衛資構造計画研究所代表/ 1972年京都市生まれ
1997年京都大学工学部建築学科卒業/ 1999年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修了/ 1999-2006年佐々木睦朗構造計画研究所/ 2006年満田衛資構造計画研究所設立/ 2007年大阪成蹊大学非常勤講師/ 2009年京都精華大学大学院非常勤講師
 

 
□第8回講演:
輪の家・モザイクの家/武井誠+鍋島千恵:接点の風景

□日時: 2009年6月27日(土)

□武井誠+鍋島千恵/TNAプロフィール:
武井誠(たけい・まこと)1974年東京都生まれ/1997年東海大学工学部建築学科卒業/1997〜1999年東京工業大学塚本由晴研究室研究生+アトリエ・ワン/1999〜2004年手塚建築研究所/2005年TNA設立、同代表/現在、東海大学・武蔵野美術大学・東京理科大学非常勤講師
鍋島千恵(なべしま・ちえ)1975年神奈川県生まれ/1998年日本大学生産工学部建築工学科卒業/1998〜2005年手塚建築研究所/2005年TNA設立、同代表

□輪の家
所在地:長野県北佐久郡軽井沢町/主用途:週末住宅/敷地面積1387.27平米/建築面積:33.87平米/延床面積:101.61平米/構造・規模:木造・地下1階、地上2階
□モザイクの家
所在地:東京都目黒区/主用途:専用住宅/敷地面積58.45平米/建築面積:33.26平米/延床面積:84.50平米/構造・規模:鉄骨造・地上3階